Introduction 息子が遺した奇蹟の音楽-。運命に導かれるように父親はギターを手にした。

社会人になってから、僕はずっと(俳優として)セットから別のセットへという生活を過ごしてきたから、監督業はこれが初めてだったけれど、少なくとも幾分かの自信はあった。だけど僕にとって一番の難問は、「アクション」(撮影開始)という言葉をどんなふうに言うかということだった。正直に打ち明ければ、鏡の前で何度か練習して、自分のスタイルを見つけようとした。監督の中には、俳優たちに気合いを入れさせるために叫ぶ人間もいる。またシーンの雰囲気に合わせて言う人間もいる。時にミステリアスに、時におかしく、時には悲しみに打ちひしがれた感じでね。クリント・イーストウッドの場合は、何の飾り気もなく、極めて控えめに「オーケイ」と言うんだ。結局、僕の場合、自分では「アクション」とは言わず、助監督に言ってもらった。僕にはその方がよかったんだ。というのも映画を監督するということは、芸術を作り上げるというよりも、列車に引きずられていくようなものだからね。みんなに監督業はやらなきゃいけないことが山のようにあると言われたけど、それは正しかったよ。この3ヵ月という月日を振り返ると、これほどまでに一心不乱になったことはなかった。そして今までで最も刺激的な経験でもあった。映画ビジネスにもう一度恋に落ちたんだ。そして今、僕が一番やりたい仕事が監督業なんだよ。

ケーシー・トゥウェンターとジェフ・ロビソンによる脚本はすぐに気に入ったよ。すごく特別なストーリーだった。音楽があって、ユーモアがあって、そして登場人物が魅力的なんだ。ケーシーに電話して、是非監督をやらせてほしいと伝えた。後でわかったんだけど、それはちょうど4月1日のことだったんだ。ケーシーもすぐにジェフに電話をしたんだけど、エイプリルフールのウソなんじゃないかって疑うジェフを説得するのが大変だったみたいだ。僕たちは2年かけて脚本を微調整しながら製作をすすめた。キース・キャルバルにプロデューサーを任せようと脚本を送った時、全てがひとつになったんだ。キースはすぐに全てのピースを一つにまとめあげてくれたけれど、その2年後、どういうわけか、スケジュールは予定より遅れてしまったんだよね。

この映画のメインキャラクターのひとつは音楽だ。サム(ビリー・クラダップ)は銃事件で息子ジョシュ(マイルズ・ハイザー)を失うが、息子は本編の冒頭の3 シーンしか登場しない。ジョシュの曲こそが、サムに遺された息子の全てであり、脚本を書き進めていくうちに、そのうちの6曲が作品に上手くはまったよ。曲が良くなければ、よい作品になることはないと分かっていた。リズ・ギャラチャーを音楽アドバイザーに迎え、我々が曲を探しているという話をインディーロック音楽業界に広めてもらったんだ。具体的にどんな曲を求めているのか手紙も書いて、台本と一緒に送ったよ。僕は(悪びれもなく)こう頼んだんだ。ヴァース・コーラス・ブリッジ全部そろっていて、一回聞けば口ずさめるようなポップソングが欲しいってね。脚本には、どこに曲をはさむかを記載していて、この物語においてそれぞれ曲がどうあるべきか、ということを細かく書いていた。僕は断固として、ジョシュがどんなやつだったのかを説明するような歌詞にはしたくなかった。面白くて、破壊的で、オフビートなものにしたかったんだ。僕たちの第1曲目は、サイモン・ステッドマンとチャールトン・ペタスによる「Home」という曲だった。(実は、「Home」というタイトルの曲は2曲提出されていて、どちらも家に帰ろうという歌詞だった。それで思ったんだよ、この映画はきっといい作品になるってね。)サイモンとチャールトンが書いた曲は何曲も聞いたよ。チャールトンなんて、「I'm An Asshole(僕は大馬鹿野郎だ)」なんていう曲をかいたんだ。こいつらに間違いないって確信したよ。結局全編の音楽を彼らにお願いして、録音はチャールトンのガレージで行った。彼らのおかげで、この映画の音楽は最高なものになったんだ。
今でも我々の予算でどうやってあんなにたくさんのシーンを撮影ができたのか分からないんだが、プロデューサーのキース・キャルバルは全部、法に則ってやったと言ってる。あるシーンで、“ブロック・パーティー”を撮ったんだ。交通を遮断して、巨大なスピーカーやカーテンや照明があり、トラックを並べて作ったロックンロールの大がかりなステージが必要だった。たったワン・シーンのために莫大な費用がかかるけど、僕たちはやることに決めた。撮影当日、僕はプロダクション・デザイナーのクリス・ストールの作り上げたセットを見て、呆然としたよ。「費用は7万5000ドルか」と聞くと、彼は「違う」と答えた。だったら「2万5000?」と聞いた。彼は「5000ドルで作った」と言って、自身が取り付けたビールの広告を指さしたんだよ。

この作品のために、みんながどれだけ一生懸命に動いてくれたかを思い出すと、胸が熱くなる。4週間の撮影で、天才撮影監督のエリック・リンをふと見た時があって、その時、何か妙に感じたんだ。その理由が何なのか分かるのに時間がかかった。理由は、彼が座っていたからだった。何しろ25日間で、彼が座っているのを見たのは、この時だけだったからね。

ほとんどの独立系映画がそうだと思うけど、この映画のどの分野も完成しなかった。単に時間が足りなかったんだけどね。編集マンのジョン・アクセルラッドと僕は、機材を片付けられる日まで編集していたんだ。(ジョンには監督の仕事について、様々なことを習ったよ)

とにかく僕らは歌いまくっていた。『Rudderless』では、多くの曲が使われているからね。それにカラオケ・パーティーで制作が始まった。これは語り草になっているよ。いつもセットにはギターの他に、僕のウクレレまでも置いてあった。

ぜひこの作品を見てほしい。すばらしいキャストだ。imdbを見ると、僕もいろいろキャリアを積んできているんだよね。あれはいろいろためになるね。ビリー・クラダップの演技には本当に驚いた。彼の最後のシーンの演技は必見だよ。アントン・イェルチンとビリーの演技は完璧だから、きっと応援したくなるはずだ。フェリシティ・ハフマンとビリーがからんだシーンは、文句の付けようがなかったから、ただ、ひたすらカメラを回していたよ。ローレンス・フィッシュバーンもそうだ。彼の演技は素晴らしかった。(モニター越しにビリーとフィッシュバーンのシーンを見ている時、僕はクリスマスの時の子供みたいに満面の笑みだったよ)

ある夜、14時間の撮影を終えた僕は、疲労困憊で、ホテルに帰るバンに自分の力だけでは乗れないほどだった。体中が悲鳴を上げていて、運転手のトランシーバーが、ガーガーと音を発するのを聞きながら、翌日、撮影するスタミナがどこにあるのかと心配になった。無線では、18時間も仕事をしていた輸送班の男が、柵の付いたトラックの荷台にカートを載せるのに助けを求めていた。すると2秒後に、元気な声が3つも聞こえてきた。「了解だ。ジミー」「今、行くよ」「お安いご用さ、相棒」ってね。この仕事はサイコーだよ。もしできることなら、またこのメンバーで一緒に仕事がしたいね。

監督 | ウィリアム・H・メイシー

監督 | ウィリアム・H・メイシー
1950年3月13日生まれ、フロリダ州出身。 アカデミー賞とゴールデングローブ賞候補となり、エミー賞と全米映画俳優組合賞に輝いた。また舞台、映画、テレビの脚本家でもあり、アトランティック・シアター・カンパニーの創立メンバーの1人でもある。その後は人気テレビ・シリーズの「ER 緊急救命室」に出演して注目を集める。主な作品には、『ファーゴ』(96/ジョエル・コーエン監督)、『ブギーナイツ』(97)『マグノリア』(00/共にポール・トーマス・アンダーソン監督)、『ジュラシック・パークⅢ』(01/ジョー・ジョンストン監督)、『シービスケット』(04/ゲイリー・ロス監督)、『団塊ボーイズ』(08/ウォルト・ベッカー監督)などがある。最近ではショータイムのテレビ・シリーズ『シェイムレス 俺たちに恥はない』(11‐)で主役を演じている。
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